自分のこと、音楽のこと、本のこと。
by teccyan1
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2012年 05月 23日
光のバラで今年のバラを見終わった気になっていて、恒例の和気町のバラを見損ねるところだった。あいかわらずすばらしい。甘酸っぱい香りでいっぱいでありました。
この市民公園にはポニーがいて、ずいぶん前に一頭いなくなってさびしく思っていたら、今年は4頭。1頭は子ども。まだ母親の後をついて歩いている。草を食べるときの前足の使い方がぎこちない。じっとこちらをうかがう様子もかわいらしい。バラ園に来ている人間の親子連れと変わらない。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 23日
すずしそうに、安らいで、桜の木陰で笑っていました。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 23日
母の友人と一緒に外出。日曜日しかつごうがつかないということで、わが家にしては珍しく日曜出発。午前中大島へ。イベントで道の駅は近寄れず。帰りに光市のバラ園の様子を見てみる。運よく会場の近くに駐車できたので入る。
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2012年 05月 21日
爪に咲く蜜柑の花や島の海 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 17日
自分専用のお気に入りCDをなんとなく空きケースに入れていたのだが、見栄えがわるくて聴く気がなかなかおきないので、せっかくのパソコンを生かしてジャケットをつくってみた。
ジャケットをつくるソフトがあるがなかなか使い勝手がわるい。専用の用紙、専用のプリンターがあれば、これはもう選ぶだけで簡単にできるソフトなのだが、そういうのでなく自分で適当につくろうとすると、設定がめんどうくさい。というか、失敗しながらできる方法を見つけ出した。
プリントする時に、余白というのがあってこれがなかなか、こういうものを作るのにうまくない。最後に切り取るときに、ミリ単位で計って調整し、なんとか仕上げる。
出来上がってみると、うむ楽しい。いいじゃないか、ということで、がぜん音楽を聴いてみたくなる。こういうのはなんというか、わたしは音楽を音楽として聴いているのかと自分を疑う。
とにかく、お気に入りのジャケットに満悦しながらお気に入りの音楽を聴く。なかなか、ん、悪くない。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 17日
いつも利用する1300円散髪屋で散髪を終えて帰ろうとすると、車が駐車スペースから出るところだった。その車からのぞいていた犬がかわいいなと見ていたら、運転手の女性が親しそうに笑って呼んでいる。
昔通っていた美容院で働く知人であった。そこのオーナーとはわたしが初めて就職したころからの知り合いであったが、1300円散髪に行き始めてから疎遠になっていた。
そのオーナーがとなりのネイルサロンにいるという。実はそのお孫さんがそこで働いているのでやってもらっているとのこと。ちょっと気まずい思いだったが、なつかしそうに話しかけてもらったのでつい話し込んだ。
ネイルサロンなんてまあ一生はいるようなところでないと思っていたが、偶然知り合いだけという状況になったので、お孫さんがおばあちゃんにほどこす様子を見ていた。
なかなかおもしろいもので、下ごしらえをする様子はくつみがきのようでもあり、デザインする様子は陶芸の絵付けのようでもある。
昔結婚式場で働いていたときに知り合ったので、昨今の結婚式の様子みたいな話になったのだが、やはり結婚式でも特に写真を撮るときに、手をクローズアップして撮ってネイルをちゃんと残しておく。髪飾り、ブーケ、帯、といったものを写真に残していたのは知っていたから、これも時代だなあと時の流れを感じるのであった。
ちなみにわたしはネイルアートはいたしませんでした。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 13日
「バッハ:管弦楽名曲集 レーデル」 ワーナーミュージックジャパン WPCS22102
クルト・レーデル指揮、ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団
クルト・レーデルはクラシック初心者のころ好きになった演奏家。学生のころ名曲喫茶というところへ出入りしていた。枚方市牧野の「万紀」という喫茶店で、無口なマスターがひとりでやっていた。レコードはないものはないというくらいで、わたしのクラシック音楽の経験はギターとこの喫茶店の二本立てで積み重ねられた。
わたしが卒業してから店は閉めたと聞いている。クラシックギター部の連中も当時わたしくらいしか行かなかった。時代とともに役割を終えたということだろう。普通の店としてはちょっと時代遅れの暗い、まあ入らないでしょうね、と納得する店だった。でも音楽を聴くには最高の環境。オーディオは自分には手の出ない高価なものだし、名盤を自由かってに聴いて良い。だいたい客が他にいないのだから好き放題。金のない学生としてはいろいろとありがたかった。
そのころNHK-FMの番組主題曲としてパッヘルベルのカノンが使われていていて、この演奏のレコードが欲しいとマスターにお願いして注文してもらった。お店で買ってくれるので何割か安く手に入る。演奏はこれだろうと選んでくれたのがクルト・レーデルによるものだった。ピチカートを使う演奏はこれとパイヤールだけだが、こちらだろうということらしかった。
買ったレコードはパッヘルベルとバッハ。当時はくせのある地味な、すっきり感はちょっと薄い演奏という、だからバッハに似合っている、という印象だった。パッヘルベルの方がお気に入りでカノンはもちろん、シャコンヌという曲も大好きだった。バッハはG線上のアリアが、やっぱりきれいだなあと聴いていた。
今回のCDはパッヘルベルはない。バッハのオルガン曲とカンタータからの抜粋をオーケストラ用に編曲したもの。管弦楽のアリア、G線上のアリアもある。今聴いても地味という印象はあるが、「郷愁」を感じさせる演奏とでもいおうか。現代楽器によるバッハの響きにはなかなか華やかで艶もある。コラールの旋律の美しさも堪能できるようになった。音楽も慣れとコツでしょうかねえ。
クラシック音楽を熱心に聴き始めて30年くらいだが、それなりに時代というものも感じながら楽しめる。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 13日
12日のこのブログへのアクセス数167。 何かの故障かと思ったが、どうやら「ケータイ」と「俳句」の言葉が入っていたので、何かの応募と重なったのではないかと。ちなみにその翌日のアクセス数は1。ケータイ俳句に興味のある人たちはわたしのサイトの俳句にいっさい興味を示さなかったという。笑ってしまうくらい悲しい。
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2012年 05月 09日
ケータイ鳴らず麦の秋 ケータイ鳴らず竹の秋 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 09日
不安定で荒れるとの天気予報どおり、午後から空がごろごろと鳴りはじめて夕方に雨。気持ちよく落ちてきましたね。やんだ後は静かな時間を木の葉からしずくがしたたっております。すっきりした様子ですな。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 08日
「木曜島の夜会」(司馬遼太郎、文春文庫) 最後に表題の「木曜島の夜会」を読む。木曜島、意味ありげである。夜会、あやしい。題名からして、あやしげな物語、横溝正史風、を想像していたのだが、宮本常一風だった。
明治の初めから昭和の初めにかけて、紀伊半島の熊野あたりから、オーストラリアへボタン様の貝を採りに出稼ぎに行っていた男たちの話。著者が生き残りの人たちから話を聞いて書かれている。
表題はそのまま、取材というか現地へ行ったときに開かれた夜会のこと。生き残りの人の家での話。昭和50年代初めのころの取材で、当時80代の男性が語る。
貝採りは潜水病になるような危険な職業で、その潜り手になるのも激しい競争を勝ち抜かねばならず容易ではない。イギリス人が豊富な貝の産地として木曜島に目をつけたが、現地の人間、付近の国の人間は危険を冒してまで通貨を得る、ということになじまず、中国人は水嫌いでやらない。そういえば、中国の水泳選手というのをあまり聞かない。最近のシンクロナイズドスイミングなんか、珍しい現象なんだろう。それから白人もあまり得意ではないらしい。そこで日本人に目をつけたところこれがよく潜ったということで、日本人が主役になる。
それに、なにより朝暗いうちから日が沈むまで一日中働いたというから、これはもう日本人という、民族の血としか思えない。それは生活のためでもあり、互いの競争意識でもあり、楽しみでもあったようで、危険があってもそれがおもしろいと感じる血であるようだ。どこまでも技術人。その親方になって商売をするということにあまり興味をもたない。当時の知事の給料をはるかに超える収入があったらしい。
ここに登場する日本人は本当に日本人らしい風情が感じられる。取材した司馬遼太郎のほうが異邦人に感じる。こういう文章を書く、こういう見方考え方で文章を残す人のほうが、日本人らしくないのだ。
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2012年 05月 06日
バッテリー上がりをしないため、今日も原付バイクの散歩。雨のせいかほどほどに流れもあって、水が日差しに光って気持が良い。芭蕉の句に「五月雨をあつめて早し最上川」というのがあるが、まさに「あつめて早し」の気分を味わう。
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2012年 05月 06日
「木曜島の夜会」(司馬遼太郎、文春文庫)
四つの短編、「木曜島の夜会」「有隣は悪形にて」「大楽源太郎の生死」「小室某覚書」からなる。山口県の人、大楽源太郎のことが書かれているのに興味をもって買った。古本189円。
読んでみると、「有隣は悪形にて」も山口県の人。どちらも幕末の毛利藩の有名人でありながら、歴史の表舞台から遠ざけられた人。ではあるが、この文章から察するに、やはりそれだけの人であるようにみえる。
大楽源太郎は志士であったが具体的な実行部隊も戦術もオリジナリティを持てず、というよりもともとそういう環境をもたなかった。その志のみで何事かを起こすことができると、自分が何者かであると錯覚したのではないか。良くて思想家。
富永有隣は、松下村塾で教えたことがあるというだけで、周囲から勘違いされて、ひとかどの人物と間違えられた。松下村塾で教えたのも、牢からでた後引き受けのないのを吉田松陰が引き取って世話をしただけのことで、牢から出したのも松陰による。明治まで生きて、国木田独歩によって「富岡先生」のモデルになったとは驚き。
富永有隣は罪のない人だが、大楽源太郎のほうは才と血気があったために、松陰や、高杉晋作らのような志士であろうとした。事実それなりの人物であったと思われるが、残念ながら時代を動かすには小心者であったようにみえる。命がかかる場面でいなくなる。
司馬遼太郎は大楽源太郎の名誉を傷つけないよう配慮した文章になっているが、吉田松陰には名誉欲があっても死に際して潔かったのにくらべ、大楽源太郎にはそれが感じられない。
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2012年 05月 05日
プリンプリンのおしりにぴっちぴちのジーンズで、股が裂けんばかりに食い込んでいる人は、なぜか眉毛が濃くて、目がぎょろりとして、男性ホルモン満タンの風貌であること。 時々見るんだけど、何かパターンがあるような気がして。
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2012年 05月 04日
リタイヤしたつもりはないが、そんな生活をおくっていると、世間的な忙しさはない。天気は良いし、バイクで散歩。
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2012年 05月 03日
時間をもてあますとついテレビ、パソコンを見てしまうので、マンガを借りてきてごまかしている。マンガといえば、わたしが子どものころは「世界征服をたくらむ悪の組織、それを倒す正義の味方」というのがひとつのパターンだった。
今思うと、世界征服をたくらむとは、企業、国家、が平然とやっていることではないか。無限の経済成長、はてしなき利潤追求は、不老の薬を求める皇帝、神に近づこうとしたバビロンの王、と同じような神話として残ったりして。
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2012年 05月 02日
耳鳴り、便秘、目の疲れ、熟睡感のなさと日ごろから体調に自信のなさを感じている身としては、口の中に違和感を覚えて赤くなっているのを見ると、癌ではないか、と恐れてみる。
医者で診てもらったところ、ただの口内炎ということで安心する。それと白っぽい皮がむけたようなのも不安だったが、「垢みたいなもんです」とかで、あまりおおっぴらに言うのははばかられる様子で、「なんでもないです」と言われる。
他にも何かの拍子に、のどというか胸というか、痛くなるみたいなこともあって、咽喉の癌か、とも疑ったりする。勝手に自分で不安がっているだけならいいが。まずは口内炎を安心しておこう。
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2012年 05月 01日
夏近し朝の挨拶花水木
夏近しおはようの声花水木 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 01日
腰高の新米船頭春うらら こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
2012年 05月 01日
横断歩道のない、片側3斜線の大きな交差点。一見、知的障がい者かとおもわれる息子が、杖の音をたてて歩く目の見えない母親の手をひいて、車がとまっているわずかな時間を、当然のように歩いていく。
ふたりからすれば、車は動いていないから大丈夫ということだろう。目の見えない母親は、手をひいてくれる息子を完全に信頼している。彼らは平和に道路を横断する。
赤信号の右折の時に、ちらと目に入った風景。年老いた親と暮らす今の自分に符合するようにみえた。世の見えぬ息子に体の衰えた母。 こちらもよろしく。 てっちゃんのホームページ
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