私の文章

 仕事中の一瞬のことであったが、本を読んで文字が作り出すことがらと向き合っている、ギターを弾いて響きを確認している、あれが自分なんだなと、今日生まれて初めて、意識した。
 
 友人Kさんの文章と自分の文章について感想をメールで送ったところ、彼がそれについて文章を書いていた。送ったのは以下の文章。

「Kさんの文章は、階段を上がったり、奥へ入ったり、飛躍したりしているのにくらべて、私の文章は、何か調和した感覚を求めているように思えてきました。」

 彼が考えるには、調和が「安定」「収束」「地味」「まとまり」という意味なら、それを崩そうとしているとのこと。まさに彼の文章は爆発であり、始まりである。ただ、飛躍することを、とりとめのない文章になることと悪い意味で理解されたのは残念だった。私としては、新しいことが生まれるという意味で使ったので、そここそ読む価値のあるところだと思っているから。

 では、私の文章はどうであろうか。Kさんの文章に推進力があるのに比べて、私の文章は、一点に留まってそこを囲んだり、色を変えたりしているように思える。調和と感じているのはその点を外さないようにしようとしているからではないだろうか。
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by teccyan1 | 2006-03-27 22:39 | Comments(0)

自分のこと、音楽のこと、本のこと。
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