タイムマシン

 テレビで映画「タイムマシン」をやっていた。いつか映画館で見たことがある。

 特撮映画が大好きで子供の頃からよく見ていたが、コンピュータグラフィック(CG)になってついに飽きてしまった。あれは作りものとわかるからおもしろいのだということがわかった。「本物みたいだ」と驚けるのは、どこかでにせ者だと知っているから。
 これだけ技術がすばらしいと、もう技術そのものに興味がいかない。技術が作品の内容にどれだけ生きているかに興味がいく。

 「タイムマシン」も「宇宙戦争」も見たが、今、映画にするというのはどうであろうか。物語の結末が現在では、映画としては、あまり驚けない。ただ、多くの未来物語がこれらの焼き直しであることを考えれば、また現在の技術でりっぱに作品ができることを思えば、原作のすごさはわかる。それにしても作り手の自己満足のような気がしないでもない。未来を描く、ということは難しいのだ。

 CGについては、ドキュメンタリー風の映画がすばらしい。「タイタニック」「アポロ13」「スパイ・ゾルゲ」「パーフェクト・ストーム」、すでに失われた現実や自分では見ることのできない風景を見せてくれるのに威力を発揮している。かつてのすばらしい特撮映画でも「風とともに去りぬ」「ベン・ハー」「ピラミッド」と、歴史物は多い。
 
 タイムマシンの物語といえば最近、J・P・ホーガンの「未来からのホットライン」を読んでおもしろかった。
 こちらは、タイムマシンといっても未来と過去との通信機器。未来の、あるいは過去の自分から送られてきたきた通信文の意図を推測し、問題をさぐり、答えを探すところに面白みがある。そして、人類滅亡の危機を脱するという。

 レイ・ブラッドベリの作品も読んでいる。彼はSFという名を借りて、自分の内にある奇妙で楽しい感覚を風刺したり、批判したりして形作っているように思える。
 たまにハッとさせられる作品に出会う。いつまでも大人にならない子供の姿の人間の物語。友達が大人になっていく様子や、大人にならない自分の居場所がなくなり、また旅に出る主人公の在り方。周囲が俗人として大人になっていくのに、いつまでも空想と精神の世界をもち続ける作者本人を風刺しているようにみえる。
 このような内的世界の表現もあるのだなと思う。
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by teccyan1 | 2006-04-10 16:57 | Comments(0)

自分のこと、音楽のこと、本のこと。
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