中野義久と門下生のコンサート

 久々の下関。

 ソル、ジュリアーニなど古典中心のプログラム。中野さんの門下生は、原理原則を素直に受け入れており、真摯な演奏だった。中野さんの指導ぶりがうかがわれる。高校生から20代前半と見受けられる。素直な感性と高い技術。皆それぞれにすばらしい。女の子が元気だ。官能的で気持ちが良い演奏。どの分野も世代もこういうことか。「ヘンデルの主題による変奏曲」を弾いた奏者に、内面性が深まりそうな予感をみた。
 ただ、若い頃はすばらしいものをもっていても気付かなかったり、できたつもりで、実はモノ真似をやってた、なんてことを後からわかる人もいる。反対に良くなった場合は、あまり知らないので、まあ、それぞれである。生き残るのも才能である。

 古典だけの演奏会というのは非常に魅力があって、まだまだ可能性があると感じた。2重奏、練習曲、変奏曲、ソナタと、曲は限られるかもしれないが、今回のように複数の才能が集まれば、一人だけのつまらないソロを延々と聞かされるより楽しい。
 昔、ベーレントのジュリアーニのギター協奏曲のレコードを聞いた時、バックのオーケストラの前奏がモーツァルトかと思ったくらいすばらしかった。そういう経験があるので、ギターの古典による演奏会が、魅力あるプログラムのひとつでありうると、期待したい。

 開場は3、40人くらいだろうか満員。演奏会を支援する人たちがいることに感心する。それぞれの人が楽しみ方をもっているとはうらやましい。私はといえば、音楽のきらめきも感じられず、楽しみ方も見つけられず、かといって、演奏ができるわけではない。何をしているのだろうかと、悩む。


[PR]
Commented by サブイボ at 2006-07-30 23:23 x
>生き残るのも才能である。
そう思いますね。いろんな意味で。

いまだに、バッハから一歩も抜け出せないわたしです。
Commented by てっちゃん at 2006-07-31 15:41 x
開高健のことばに、釣りがうまくなるためには、「鈍」が必要というのがありました。これはたいした認識だなと思いました。
 バッハから抜け出せない、それも「鈍」でいいのかもしれません。
by teccyan1 | 2006-07-30 21:24 | ギターを弾いて | Comments(2)

自分のこと、音楽のこと、本のこと。
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30