2007年 10月 20日
「奥の細道」をよむ/長谷川櫂
『「奥の細道」を読む』(長谷川櫂/ちくま新書)
芭蕉の俳句「荒海や佐渡によこたふ天河」に何かしら感銘し、有名な句が「奥の細道」に多くあるとわかってぜひ読みたいと思った。
しかし古文は読めず、解説の本も著者の根拠や思考、感性の正統性を警戒する文章が多く、読みづらい。その世界にクラシック音楽を聴くようには、なかなか入っていけなかった。
長谷川櫂さんのこの本を読んで、ようやく「奥の細道」の入り口に立てた気がする。
「奥の細道」の構造を、三十六の歌からなる連歌の形式「歌仙」にみたて、歌が書かれた紙の、前表裏、後表裏の4部からなるとした。
第1部/旅の禊(みそぎ)、第2部/歌枕巡礼、第3部/太陽と月、第4部/浮き世帰り。
蕉風開眼とされる「古池や〜」の説明から、歌枕巡礼の旅を思いつき、旅を続けることで新しい世界観を開いていく芭蕉の精神を、一本の糸をたぐっていくように、わかりやすく説明してくれる。
ベートーヴェンの作品はどこまでも客観的に分析されるのに対し、芭蕉の作品は、分析するほど作者の在り方がとわれていく。千利休が使った道具は、竹の一輪挿しなどが、とんでもない値段で取り引きされるときいた。その価値は、竹の筒にあるのではなくて、それを愛した精神、利休の在り方に価値があるはず。
五七五の文字を客観的にながめて、ああでもないこうでもないと論じても、芭蕉の在り方が見えなければ、ただの竹の筒でしかない。西洋と日本の芸術の違いを感じる。
あらためて自分の好きな句が、どのように位置付けされていたかもわかっておもしろい。日本人がつちかった美意識や精神を少しでも肌に感じることができ、俳句という庶民のレベルでの作品造りに対していささかの安堵感もある。
「奥の細道」の好きな句をならべておこう。
五月雨の降のこしてや光堂
閑さや岩にしみ入蝉の声
五月雨をあつめて早し最上川
雲の峰幾つ崩れて月の山
荒海や佐渡によこたふ天河
石山の石より白し秋の風
by teccyan1
| 2007-10-20 11:07
| 本
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